回顧録

考えごと感じたことひとりごと

2023.06.25

私はケチだ、と自覚した。いや、前々からうっすら気づいていた。向き合ったのが最近で、腹括って向き合ったつもりだけど、まだケチだった。

 

自分が傷つくことを恐れているから相手の出方ばかり伺っている。ダサいなあ。

自分が傷つくことを恐れて相手を傷つけるような言葉を発する。しかも一番傷つけたくない人に。とーっても打算的でダサい。

 

接客においてもそう。めんどくさいから、疲れるから。そんなことに埋もれてないで真っ直ぐ生きろよ、自分。

 

したいことをはっきり言えず、やりたいことや目標はあるのにコツコツやらないのもダサいよね。やるべきことがわかってるなら貫かないと。

 

楽な方楽な方へと流れるけど、それが本当に良いものか考えようね。後悔ないようにしようね。

2023.05.06

今日ほど雨音がぴったりな夜はない。

 

「なんだかんだ好きだったよ。」数年前にかけられたこの言葉の真意はわからないけど、この言葉に生かされたことが幾度となくある。

 

この言葉を受け取った当時は、どうすれば良いかわからず流していたけど、曖昧なままにしてよかった。それが正解だったと今になってわかる。

 

久しぶりに少しだけ話すと丁寧な言葉に心地よい距離感で、私のいくつも先を見ている成熟さ加減に驚かされた。私も頑張らないと。

2023.04.29

高校からの友人たちと会った。1人は4〜5年ぶりに、もう1人は1年ぶりぐらいだろうか。2人とも社会人も3年目になる年だった。

 

相変わらず、綺麗だった。内面から滲み出る真っ直ぐさ、ひたむきさ。隣に立つのも申し訳なくなるぐらいに彼女は相変わらず全てが美しかった。彼女は今の私を見て何を思っただろうか。

 

高校の友人知人ははすごいなと思う人が多い。そんな人たちに再会した時に恥じない自分でいたい。1人でいると同じ思考回路でぐるぐると回ってしまうけど、彼ら、彼女らに会うと心が洗われる。私もそういう存在でありたいものだ…

 

彼女と別れたあと、働いていたお店のパティシエさんが転職した先に伺った。まだ転職して日が浅いと言っていたが、はきはきとして真っ直ぐな性格はすでに職場に馴染んでいるように見えた。なかなかに辛い環境で頑張っていた姿を見ていただけに、今も元気でこの職業を続けている様子に安心した。何かに打ち込む人は美しい。

 

帰り道、長年の友人とたまたま会った。ちょうど何をしてるのかなと考えてた矢先だった。「会えて元気が出たよ」私もだよ。ありがとう。

 

久しぶりに会う人が多かったが、彼彼女らに胸を張れるように生きたいものだなあ。

2023.04.26 人間関係について2

放任主義で、放課後友達と遊ぶより一人で過ごすことが好きだったせいか、集団行動が強制されなくなった大学以降は基本的に一人でいた。

だれかとずっといる、というのは考えられなかった。他人からも私はクールだともいわれた。断捨離が好きな性格も相まってか、若干薄情だとも思われていた気がする。確かに誰かに執心することはめったにない。友人関係もそうだ。ある時期からマシになったが昔の自分はフッ重すぎたなと思う。

 

そんな自分が豹変してしまうのが恋愛関係だ。恐ろしいことに、恋人こそが私の全部を受け止めてくれる存在だと勘違いしていた。ある意味、そう思っていたことで、恋人であっても悩みを話せない…本当の自分が出せない…なんてことはなかったので良い指標だったかもしれない。しかし、その恋人に執着してしまうことで相手に不快感を与えたことも多かっただろう。

 

恋人とは四六時中一緒にいた。自分では信じられなかったのだが、ほぼ正反対な性格にもかかわらず一緒にいるのが当たり前の存在だった。いろいろ思うところはあったが、これ以上ぴったりの相手はいないと思っていたしこれからも一緒にいると思っていた。離れてしまうと自分がどうなるかわからなくて怖かった。全部が崩壊しそうで。それほどに依存していたのだと思う。

 

二人が向き合っていく中で、その相手を受け入れてそばにいようとするためには、そう思えるだけの熱量が必要だと思う。その熱量というのは恋だったり愛だったりだろうか。だが、実際に自分のすべてを受け入れて!と常に要求するのは酷なことだと思う。ほかの人はもっと友人だったり家族にだったり分散させているのだろう。それを私は一心に恋人に向けていた。

 

ずっと私が感じていた孤独は自分で生み出したものだった。そして孤独を悪者にしていたのも私だった。

 

ただ、今の自分がもう少し前の過去に戻ってくれたら。それだったらもっとうまくできていたのにな。また昔みたいに…と思ってしまうことも多い。

この経験を糧にするしかないのだが。

 

人は失ってからでないとわからない。また、人は受け取ったものしか与えることができない。「受け取ったもの」というのは、私自身の認知によって変わりうるものだから、たとえほかの人が「なんて不幸なんだ」と思うようなものでも、私自身で変えることができる。端的に言えば、経験から学ぶことは多い、ということだ。その経験をどう捉えるかは自分次第だし、良い方向にエネルギーを向けられるのなら私はなんとか生きていける。

 

今の私は、数年前の私よりも精神状態が良い。勝手に四面楚歌だと思い込んで生きていたころよりも確実に。それは恋人との付き合いを通じて変化したものだと思う。与えてくれたものだ。今は別れてしまったが自分の人生の中で多くのことを気づかせてくれた大事な人であることには変わりない。

2023.04.26 人間関係について1

最近は実家に戻って暮らしている。

食事も洗濯も親がするので申し訳なさが先に立つ。自分でするよ、といっても「いいの、いいの」と先にされてしまう。いや、自分がすぐにすればいいのだが。実家に帰ると子供になってしまう気がして、私が自我をもってやっていることが幼稚なように感じられて、なんだか嫌な感じだ。

 

一丁前に意見を言うこともできるが、なんせ20も半ばの学生だ。すねかじりでいう意見にどんな説得力があろうか、と思ってしまう。おまけにぜいたく品とされるものを買うことや、ぜいたくだとされることをするのにも引け目を感じてしまう。まあ、これは私が気にしいなだけなのだが。

 

実際私の両親はとてもやさしく干渉しすぎることもない。学生の身分で同棲をしていた時にも、最初こそ思うことはあったようだが、早い段階で受け入れてくれた。たまに凝り固まった思想を披露されるときもあるが、それも筋が通ったものなのでぐうの音が出ないこともしばしばだ。

 

実家を出たとき、まったく似てないと思っていた母と同じような文句の言い方や怒り方をしていてぞっとした。人は愛された方法でしか人を愛せないというように、愛し方だけでなく怒り方まで一緒だったのだ。嫌なところが似るな、と思ったが仕方がないことなんだろう。私に対して文句や負の感情をぶつける人は友人関係にはいなかったし、恋人だって私に怒ることはなかった。だから私の負の感情のぶつけ方は母を模したものしかできなかったのだろう。

 

離れてまた戻って、ありがたみがわかる。少し、前の距離感が心地よかったなとも思う。だけど、離れることによって私の両親へのとらえ方は変わったと思う。両親に育てられてよかったとも改めて思った。つかず、離れずの距離感の放任主義で育てられた私でよかった。

7月30日

ここ最近心の具合がよくない。

とはいえ自分のせいなのだが。

 

複雑な感情が入り混ざる。自分と他人との境界が入り混じる。

 

もっと自分は上手くできるのに、なんて思っていた頃が恥ずかしいほどに私は無知だった。

 

肝に銘じておきたくなる『カラマーゾフの兄弟』の中の言葉がある。忘れないように心に留め置く。